2012年04月21日

なぜ日本人は学ばなくなったのか



しばらくこのブログも更新していないので、一つ書評をあげておく。

といっても、僕の書評を場合は、その本の書評を言うよりも、その本を読んだ時の自分自身の心情を記しているので、それが果たして読書感想が言えるかどうかは問題だけれども。

おまけにこうしてブログにしていても、アクセス数は本当に少なくて、しかも、アフィリエイトの類かもしれないが、やたらエロまがいの書き込みがされて、憤慨してしまう。

定期的にばっさりと削除する様にしているが、コンピュータがやっているのか、性懲りもなくついてしまう。

さて、著者自身のメッセージ本である本書の冒頭の言葉を引用しておく。

学ぶ意欲とは、未来への希望と表裏一体だからだ。学ばない人間、向上心の持てない人間は、自分の明日を今日よりも良い日だと信じることが出来ない。

これは、まさに僕に向けられたメッセージでもある。

この本の中では学力低下、勉強することの意欲低下、社会の格差の問題などが語られているが、多くの他の著者の主張とも一貫するのだが、

学ぶという方法があるわけです。自分の狭い社会に閉じこもるか、あるいは人に選択を預けてしまうか。という二方向のどちらかに大きく揺れてしまうのではなくて、主に読書を通して精神の強さを養っていくのです。

「情報」ではなく、「人格」として書物を読む習慣を身に着ける。平凡なようですが、長い目で見た時、これが現状に対するもっとも根本的な解決法であると思います。

この本の中ではあるいは同著者の類書でも、人文科学系の読書が取り上げられているが、僕自身は理系についても勉強しなおしたい衝動に駆られている。

というのも、先日、本屋さんで高校数学の社会人向けの再入門を買って、読んでみた。内容自体は3か月ほど、毎日の様に通読して、例題を解いて行った。そうすると、他の科目がどうだろうかと思って、物理と化学の高校課程の内容を社会人への再入門用に書かれた本を読んでみた。

そこで、非常に感じたのは自分が大学の教養課程でならった、物理や化学、それに数学は何だったのだろかと、考えさせられた。

これは京都大学や東京大学の様に基本的な学習能力のそなわった学生の特権なのかもしれないが、そこには高校の課程の焼き直しでない内容が記載されており、少なからず、驚くと同時に大学の教養課程を含めて大学への再入門としての学習を続けていきたいと正直、思った。

実は私は現在も性懲りもなく、大学の受験参考書を取り寄せて、そればかりではないが、勉強を多方面の拡張させている。

1.専門領域の勉強(プライバシーの関係で具体的には書けない)
2.語学の勉強(ハングル、中国語)
3.大学の受験勉強(数学、物理、化学を現在勉強しており、ゆくゆくは生物、漢文、古文、世界史、日本史、倫理も射程に入っている)
4.全く手を付けていないのだが、大学の教養課程の科目の調査と勉強。今、考えているのは、数学及び統計学だが、分子生物学の分野も一応は抑えておきたいと思っている。
5.英語:英検1級、TOEICのスコアも意識するが、一番、大きな目標は英作文になるだろう。

ネット関連を本を読んでも、共通している項目としてメディアリテラシー、コンピュータリテラシーが要求される昨今、教育の問題がクローズアップされている。

どうした、勉強方法、目標を立てる力が必要なのか、自分自身、常に工夫する必要があるのでは
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2012年03月10日

アンブロークン・アロー 戦闘妖精・雪風



アンブロークン・アロー
戦闘妖精・雪風

時々、読書の中でも娯楽に属するSFの書評も載せているが、これもそのひとつ。

というか、本当はもっと読みたいし、第一、経済ものや自己啓発ものの読書も実は趣味の一つだと僕自身は思っている。

というか、勉強全般が趣味といっても良い。

仕事に関しても、そうなるようにしたいと思っているし、残された人生は仕事を趣味として生きて行けたらというのが私の最大の目標でもある。

さて、表記した本だが、神林氏の著作は何篇か読んだことがある。実は私の手元には「2006年度」のSFが読みたいがあるのだが、海外の有名な人の作品は読んでおらず、そのうち、本格的に没頭したいと思っている。
(今は、まだ、身近の勉強やら大学の受験勉強の研究やらで、とてもそこまで手が回らないのが本当だ。)

本音で言えば、私自身は仕事は死ぬまでやれたらとは思っているが、それは起業して仕事を続けることを指しており、会社は58歳をしおに辞めてしまいたいと思っている。

正直、年収は稼げないので、非現実的ではあるのだが、会社の仕事をやっていても、自分自身の能力の向上に結び付かないので、リタイヤした後は、自分の趣味である勉強の為に費やしたいと切に願っている。

さて、表題の話だが、あとがきにも出てくるのだが、この作者は言葉と機械を大きなテーマとして扱っている。他の作品では自動車だったり、ロボットだったり、遺伝子から組み替える生物だったりするのだが、この作品では雪風という人工知性体(コンピューターだが)を頭脳に持った戦闘機が扱われている。

別の著者で片岡義男という人がいて、この人はオートバイをテーマにした小説を書いていたが、彼の場合はオートバイという機械に対してやはり別の意味で愛情を持って文章を書いていた。

私自身も中学生の頃はプラモデルで飛行機を作っていたのと、今でもオートバイに乗っているので、このあたりの感覚がとても好きなのだ。

特に雪風でモチーフとして扱われているF16や名前は知らないが、最新の戦闘機の形がとても気に入っている。

私は戦争は嫌いだが、なぜかプロペラのついていないジェット戦闘機に親しみというか愛着を感じている。

空力学を計算した無駄をなくした機能美が好きなのだと思う。そういった意味でもスポーツタイプのオートバイの形も好きだ。ノスタルジックなバーチカルツインを次には乗ろうと思っているが、今はジェット戦闘機をイメージしてしまう重量級のオートバイがとても気に入っている。

本のテーマ自体は人間とか機械の根本的なテーマが扱われているのだが、結論から言うと自分が気に入っている機械を愛することから始まる気がしている。そういった意味では別に日本人にこだわることはないのだが、そういった愛着のわく機械があるのはとても良いことだと思う。

それが例えばマッキントッシュだったり、車だったり、携帯だったりしても良いのではないだろうか。

そういえば、最近、私の部屋にある測定機械が入っている。具体的な機械の名前は明かせないが、こうしてみると、仕事を通じて人間は想像以上に機械にお世話になっている。そうした意味ではクラウドを語ることも大切だが、機械への愛情についてもっと語り合っても良いのかもしれない。
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2012年02月12日

理系のためのクラウド知的生産術



本屋さんで、ちらっと見て、気にはなっていたが、「情報考学」で推奨されていて、購入した。

まだ、ざっと内容を見ただけだが、普段利用しているGoogleのサービス(Gmailやカレンダー)、「Remember the milk」などが記載されている。この半年ほど使用しているEvernoteも載っている。

要は大体のツールは既に使用済みなのだが、他に知らないツールもあるかと思って本を購入した。

論文整理のツールとしてメンデレイなるツールもあるらしい。

しかし、大切なのは、そのツールの使いこなし方だろう。

また、理系の仕事術ということで、筆者の仕事に対する姿勢も大切な気がしている。

このところ、定年後の仕事の事や副業のことで頭がいっぱいだったが、結局のところ、仕事(会社の仕事を含めて普段の学習活動も含まれる)への接し方を考えるきっかけになればと思っている。

例えば、「E-mailの内容は完結に」という項があって、考えさせられた。

僕自身のE-mailの内容はやたらと長いからだ。

また、ブログにしても、あまり長いブログを人が好むのだろうかという気もしている。

RTMなどは数年前は使用していたが、すっかり使用しなくなっていた。

これなども、自分の仕事に対する姿勢を含めて再利用を考えている(というか、先週の金曜日から会社での仕事や週末での勉強に使用を再開している)。

実は、ここのブログも不定期に書いているのだが、もう少し定期的に乗せられればとRTMに掲載しておいた(ただし、実際に定期的に乗せられるかは分からないが)。

この著書に限らないのだが、最近のαブロガーのブログは相当に洗練されている。特にツイッターとフェイスブックを連動させて、読者からのレスポンスもオンタイムで見れる様にしている。

もちろん、ブログは内容が一番ではあるけれども、内容も洗練されているうえにこの様な内容のブログを掲載されると、正直、ブログを書き込みする側も刺激を受けてしまうといって良い。

まだ、まだ、悩むことも多いとは思うが、定年後の仕事の方向性も3つぐらいに絞れてきたので、それぞれのアウトプットについて、ブログの活用なども考えながら、方向性について考えてみたいと思っている。
posted by 経財師 at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月04日

きちんと復習 すっきりわかる高校数学 [単行本]



これは、まだ、未読の本だが、定年後の再生計画を立てたので、その一部の教材として使用することを目標にしている。

他のブログにも書いているのだが、定年後のプランをだいたい立て終わった。

1.今の会社に居残って、定年後の就業者としてしぶとく居残り、月10万円の収入を確保する様、努力する。その為に、会社でやっている仕事のプロを目指す。

2.起業をして、サービスを提供すると共に他の会社(韓国、台湾、中国の会社を含む)でのコンサルタント業を営む(月5万円)

3.塾講師(高校生、中学生を対象に主に英語、数学、化学、物理を担当)(月5万円)

以上で、月20万円の定期収入の確保を目標にする。

これが、結論だ。

現実には、そう簡単ではないだろうが、55歳の自分がやっていく目標として以上の目標を基盤にして、基本的にはアルバイト(起業)で生きて行くことが基盤になると思っている。

今の就職難の時代では、これが現実的は回答だと思っている。

これから、具体的な学習進度表なども載せたいと思うので、こつこつとやっていくことにしたい。
posted by 経財師 at 13:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月27日

50歳からの活力人生





最近、ブログの更新を積極的にしていて、同様にブログを検索して、livedoor Readerに登録しているのだが、やはり、出色のものがずいぶんとあると思う。

さっき、リンクを張ったものは、「ソーシャルウエブが拓く未来」というブログで、リンクをたどっていくと「現在ビジネス」というサイトにたどり着いた。

なかなか面白そうなサイトだ。

考えてみると、自分自身、FXだとか、株のサイトはちょくちょく見ると、こうした仕事系のサイトはあまり見ていない。

ネット上での起業になると、扱う題材がソフト系のものになるので、企業身がわかなかったり、ソーシャルビジネスの響きにちょっと敬遠した嫌いもある。

しかし、こうして個人で起業も視野にいれてくると、こういった類のサイトも記事内容としては感度が高いというか、興味がわいてくる。

そのすべてが私の年齢の感度に合うかというと疑問な部分もあるのだが、おもしろいトレンドだとは思う。

さて、この本の趣旨は本の題目が如実に表しているが、年をとっても、50歳はまだまだポテンシャルが高いという高齢者をターゲットとした著者構想の本だ。

同様の趣旨を本を著者は書いているのだが、最近は自分自身、高齢者なのか中年なのか分からないが、以前ほど、意識しなくなっている。

というよりも、意識しているゆとりがないと言った方が正しいだろう。

何度も書いていることなのだが、日本の年金制度が崩壊して、老後の人生設計自体が根本的に変わってきているからだ。

これからの日本人は老後の人生設計や生き方そのものを再考する時期に来ている。

その為には、例えば、企業に入っていても、一つの仕事ではなく、複数の仕事を持つべき時代に来ているし、投資も積極的に行うべきだと思う。

仕事をする場所もアジアを中心に日本にとどまるべきではない。

そういった意味では国を枠を超えて活躍する時代だし、そうしなければならない時代になったのだ。

ついでに年齢についても、高齢者だったり、退職者が大事に扱ってもらえる時代は過ぎ去ったと考えた方が良い。

社会構造自体が変わり、日本自体の経済構造や人口構成が変わり、仕事の範囲も変わったのだから、積極的に個々人が変わる時代になったのだと思う。

もっと、ネットのアクセスについても、自分自身、考える時代が来たのだと思う。

単純に海外投資をしているだけで生きていける時代でもないし、単一の会社にとどまって、長い不毛な生活を送る時代でもない。

スキルを磨いたり、自己啓発をしていれば生きていける時代でもなくなったのだ。

副業は最低条件で、マイクロ起業は会社にいうかどうかは雇用主の社則の束縛があるので、黙っているかどうかは別にして、必須の生きて行く条件になったと判断できる。

生きて行く為の学習であり、人生設計の時代が始まったのだ。
posted by 経財師 at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

自分のための人生





この人の本は若い頃、随分と呼んだ記憶がある。

先日、未読の本の山の中から取り出して読み始めた。

いわゆるポジティブ志向の本なのだが、今の自分にはぴったりの本だと思っている。

以下、キーセンテンスをピックアップしてみる。

自分の力で自分の人生を選び取ることが出来る。

自分の環境をなげくのではなく、自分にとっての最適な環境を選び取るか、作り出すことが大切なのだ。

過去の失敗にくよくよしたり、将来に対して不安になり、現在を無駄にするのではなく、今の為に懸命に努力することが大切なのだ。

基本的には、現在を生きることに集中することと、感情に左右すれるのではなく、その人が何を考えるかを選択することによって、自動的に感情が発生するので、感情自体もその人の責任で何とでもなるという哲学で満たされている。

著者は精神科の医師をしており、長年の神経症の患者を治療する中で到達した一つの人生哲学だという気がする。

この本が収録されている「知的生き方文庫」はそういった類の本がたくさん詰まっており、自分自身、そうした生き方をしなければいけないと思うのだが、時々、忘れてしまう。

なかなか難しいことではあるのだが、自分の人生に自分が責任を持つのは非常に大事なことだと思う。なぜなら、私自身、40代で大きな失敗をしたことがあるのだが、それのリカバリーというか、なかなかそこから抜け出せないでいたからだ。それこそ、5年かそこらはかかって、その呪縛から解かれて今は前向きに生きることを考えている。

実は前からなのだが、自分自身の生き方として気に入っているのはスマートな生き方だろう。

なかなか難しいことなのだが、知識や情報を積極的に吸収しながら、今だったら起業を焦点にして自分の好きな環境を切り開いて行きたいと思っている。

私自身もいろいろなことがあったが、スマートに生きること、自分で理想的環境を自分で作り上げることが何よりの生きがいだと今の自分自身は思っている。たぶんそれは可能なことではないだろうか。
posted by 経財師 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月20日

フラット化する世界





以前にも取り上げたことのある本だが、増補改訂版を読了したので、久しぶりにアップしておく。

この本の初版を読んだのは5年ぐらい前だったと記憶しているし、増補改訂版の裏書を見ると2008年になっているので、今は2011年だから、3年程のタイムラグがある。

著者自身はグリーン革命をその後、書いており、これも上巻は改訂前のものを購入しているのだが、未読の状態である。

この10年間ほど、英文の週刊新聞を読んだり、この4年間ほどはBWを購読していて、週末をその購読に潰しており、なかなか日本語の本が読めないでいる。怠けものの言い訳かもしれないが、正直、やりたいことが多いとずるずると後回しにしてしまう、悪い習慣が連鎖している。

それでも、改めてこの本を読み返してみながら、グローバル化の意味合いとそれに対する対処法などについて、色々と思いめぐらせることは多かった。

類似の本の中に大前研一氏の一連の著作があり、私はこの前まで同じ類の本だと思っていたのだが、フリードマンの書く本はグローバル化についてつっこんだ著作をしており、大前氏の著作はアメリカを中心としたプラットホームとしてグローバル化を考えている気が、少しした。

フリードマンのグローバル化についても、様々な観点から書かれており、それについて私自身、こまごまとは書かないが、自分の今置かれている状況の中で一番感じることは、個人として自立かもしれないと思っている。

私自身は、この10年間ほど、どちらかというと中国を中心としたアジアの経済発展に視点を置いて主に中国株を中心とした投資をしてきたのだが、日常生活自体は日本の一サラリーマンとして過ごしてきた。

それは、今でも変わらないのだが、少し、この1,2年で変わってきたことがあるとするならば、定年を視野に据えた職業改造計画を進めていることだろう。

最初はネット上のブログの更新で始まったのだが、やがて、具体的な付加価値の生成に動き始めている。

だから、フラット化についてもあくまでも仕事の視野の点で広がることはないかという観点で見ているし、実際のところ、インドとアメリカのアウトソーシングの流れは色々な人が述べているし、ネットの普及とコンピュータの発達、仕事の仕組み自体の見直しによって、仕事の技術自体が場所を超えて移転出来る可能性と実現化が表れてる。

私自身も最近になってからの事だが、メディカルライティング関係のスキルを磨くべく、外注受注のトライアルを始めているが、職場でも感じていることだが、ネットを通じた情報の取得が可能になっており、それを積極的に自宅の職場に持ち込み始めている。

これはとても大切なことだと思うのだが、会社のサラリーマンであるのと同時に情報や技術の生成設備を自宅のガレージの中に持ち、副業としての起業が新しいサラリーマンの生き方になる気がしている。

それは、よく言われることだが、勉強術や仕事術とは少し角度を変えたアプローチ化もしれないと自分自身、思っている。

そして、自分自身が思っていることも、この本にあるように、個人としての力をエンパワーメントして、小物が大物ぶることによって、会社組織に依存しない個人を密かに作り出してしまいたいと願っているのだ。

それは、ステージの1番目としては副業という形かもしれないが、やがて、マイクロ起業をめざすことになるし、アメリカで一般化しているフリーランス化がこれからの老人市場ないしは定年退職を迎えた人間や若い人で定食にありつけない人が目指すべき道ではないかと思っている。

もちろん、教育の問題があるので、現実とのギャップが大きいのが本当のところだし、邱永漢氏が言っている様に、飯の種を探すことが一番の急務かもしれない。ただ、仕事=企業への就職ではなくて、もっと、別の商売から入るアプローチもあるかもしれないと思っていることも事実だ。

そういった意味からも、自分が今、考えているドキュメントを作成することと、具体的には明かせないが、個人ラボの設立はグローバル化、情報化、そしてマイクロ起業のキーワードを絡めて自分の将来的な目標だといって良い。

その中には教育の問題や資金調達の問題、国を超えたボーダーレスの問題などの様々な課題が含まれていると思ってる。

具体的なことは何も書かなかったが、「フラット化する世界」は名著だと思うし、これからの若い人にはぜひ読んでもらいたい必読書だと思う。
posted by 経財師 at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月07日

実力大競争時代の超勉強法





この人の「超勉強法」の本は10数年前だったか、読んではいたが、一昨日、本屋さんで見かけて衝動買いして、読んでみた。

趣旨は和田秀樹本と大差はない気がしたが、和田氏が受験生を対象に書いているの比して、サラリーマンも対象にして日本社会の現状と世界の中での大学の位置づけや企業の位置づけについて分析してあって面白かった。

正直なところ、この類の本は本当は中学生か高校生あたりに読ませたいと思う。

私の様にサラリーマン生活の大半を過ごした人間にとってみると、日本の構造を客観的に解き明かしてくれる本書の様な存在が、どうしてなかったのだろうかと思ってしまわなくもない。

サラリーマンとしてどんな勉強をしたら良いのかを考えるよりも、私自身はこれからの残りの人生をどの様にして勉強していけば良いのかの課題回答のヒントがあれば良いのに思えてしまった。

一つ言えることは、先ず、職業ないし勉強科目の選択だろう。

著者は数学も英語もPCも会計も必要だと書いているが、私個人は、社会人の生活の中でなかなか時間が取れないジレンマと、特に最近感じていることなのだが、体力の減退に悩まされている。

そうは言っても、著者の言うことは正論で、私自身、具体的に悩んでいることの一端を言うと、勉強のモチベーションをどうするかに尽きる。

著者とたとえば、邱永漢氏との違いは著者が会社社会ないし組織の中での個人を考えているのに対して、邱永漢氏は氏の生い立ちもあるのだろうが、個を中心にして、様々処世術を展開している。

私自身も会社組織のおかげで今まで生きてきているのだが、個としての勉強のモチベーションや起業を考えている。

そうは言っても、以前から考えている起業と投資の大きく2つに最近では分割して考える様になった。

特に前者の起業の目的の為に勉強のモチベーションを上げるツールを見つけたいと思っているのだが、具体的にどうやってかせぐかについては、実はむしろ、営利を抜きにした学習サイトの様なものに考え方がシフトしている。

ここのブログもそうだが、もとより、アクセス数のアップとか考えていない。

というか、そんな事は無理だし、自分自身の読書感想文代わりに使っているのが実情だからだ。

それと同じ発想からすると、学習向けのサイトの立ち上げにしても、自分の学習のツールとしての活用に終始する気がしている。

投資にしても同様だが、投資ツールで儲けることと、実際の投資ないし投機で利益を得ることは実は全然、違うことになる。

しかし、投資や投機によって、定期収入は無理にしても、勉強の為に必要な資金が得られていることも事実なのだから、それなりきの利用方法があるとも思っている。

自分自身にしても、改めて勉強の方向性など考えさせられた良書ではあった。

中学生や高校生の人にはお勧めだ。
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2011年09月04日

起業の着眼点




振り返ってみて、起業を真剣に考えたことはなかった。

答えは簡単で、自分自身、この仕事をしたいというものが見つからなかったからだ。

会社生活も終盤戦に来て、残りの人生をどう過ごすか、悩みっぱなしの毎日ではあるのだが、この1か月ほど、定年起業なり、週末起業などと考えるのは楽しかった。

どうしてかというと、希望が持てるからだと思う。

前にも書いたが、私自身は会社生活で成功した口ではなかった。

大前研一氏の「50代からの選択」を読んだり、邱永漢先生の一連の著作を読んでみて、40歳、50歳で会社で芽の出なかった人間は、それだけで無能を証明しているものだから、起業などは考えず、残りの会社人生を我慢でして過ごし、退職金をもらって終わりにしなさいとのアドバイスが乗っている。

私も頭では分かっているのだが、実際にそうしたことしか選択肢がないのは、さすがにつらい。

課長にも部長にもならずに会社人生に幕を引くのは、やはりさびしいからだ。

せめて、起業することを目標にして、仕事をすることや勉強することに目標を持つことは、やはり楽しいからだ。

そうは言っても、現実はなかなか甘くないし、こうして、改めて会社という世の中のシェルターの中で保護された自分としては、残りの人生をどうやって生きて行ったら良いのか、分からないままに過ごしている。

大枠は基本的に変わらないのだが、それなりきに来週から、また、がんばってみようと思ってはいる。

アジアや中国、あるいは経済動向を横目で見ながら、会社の窓際の仕事をこなしていくのも面白いと思っている。

自分自身の独自のやり方でネットを利用したり、少ない人脈を使ったりしながら、何とかやっていくことは、それなりきの工夫が必要なのだと思うからでもある。

この本に書かれていることだが、世の中には流れがあるし、お金を流れを見ながら、その流れを見ていることは大切なのだと思う。

努力をすることよりも見えない明日のその向こうを見ることは必要なことだと思う。

僕自身はさして、力も人望もなく、それでも世界の経済の流れも見つめながら、裁量を働かせることも大切だと思うようになった。

まがりなりにも、それで人並みの資産も作れたし、明日に全く希望がないわけではないのだから。

逆に言うならば、そうした人生を作っていくのが、面白みでもあるのだと思う。

もう若くもないのだが、それでも、いつからでも、努力して開拓していくことに面白みがあるし、世の中の動きを見ていくことが面白いのだと思うからだ。

明日の自分に応援を送りたい。
posted by 経財師 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

定年後年金前





定年まで、5年と4か月を残す自分にとって、週末起業や副業、定年後の生き方について暗中模索をする中で本屋で手に取った一冊ではある。

実は私自身は20代の後半から邱永漢先生の金銭本を愛読書として40歳の頃から定年後の生き方についての氏の著書をいくらか読んでいた。

邱永漢氏の提案では、起業する最終リミットは40歳、または、もった若い時期にあり、50歳を過ぎてからの起業では遅すぎるとされている。同様の趣旨は大前研一氏の著書にも書かれていて、そもそも起業する様な嗜好のある人は50歳まで独立しないで、会社にしがみついてなどいないという主張だった。

この本は読者の開拓の面が大きいのだろうが、これから定年を迎えるが、60歳から65歳、あるいはそれ以降にも年金支給が繰り延べられる読者層にターゲットを置いて書かれている。

本の主張としては、生涯に必要なお金として、やはり1億円は必要だが、大半の人はその様なお金は用意出来ないで定年を迎えること。

退職金をベースにした資産運用はうまく行かないこと。

第二の就職も基本的には厳しいし、何よりも雇われる形態で難儀するだろうとのメッセージである。

著者自身の提案は、打開策として年金支給と実際の生活費のギャップを起業(ないしは、自営業)で賄えないかという提案である。

具体的には、個々人の能力差は、積んできた経験が違うのでこれといった打開策はないのだが、空白の5年プラスアルファを解決する手段として自営業という道はどうだろうかとうのが、主張ではある。

同様の趣旨は、週末起業でもされており、結局、会社員の場合、65歳までの雇用延長ならば、問題のかたもつくのだろうが、60歳から65歳までの空白を起業というと大げさだが、自営で生き延びる術はないかという提案でもある。

同様の趣旨の本は何冊か、ある様で、このブログを書いている今、アマゾンで検索してみると、かかってきた。

50歳からの起業だとか、定年後の資産運用の類の本が数冊ある様だ。

ただ、本当のところは邱永漢先生が書かれている様に、50歳になってから、定年後のことを考えるのは間違いというか、遅すぎる話で、そこから打てる手は限られている。というか、ないといって良い。

私自身も20代の後半から、不動産投資というほどの事はないが、住家を賃貸に回したり、おそるおそる国内株を買ってみたり、中国株に投資してみたり、FXをやってみたりして、サラリーマン生活を過ごしてきた。

会社からもらえる退職金と残りの会社人生でもらえる給料を計算しながら、次の働き口をどうやって探そうか暗中模索しているが、理想的なこというならば、やはり、転職は30代で考えることであるが、正直、今の若い人にとって魅力的な仕事が何かは分からないというのが本当のところではなかろうか。

投資が種銭を元にして、少なくとも種銭以上の収入を得る道を開くことだろうし、そういった仕事をサラリーマンは出来ない。

営業職に就いている人はその延長上で何か出来るかもしれないが、企業や国家という組織と個人との関係はなかなか難しいものだと思う。

私自身は結局、残された会社生活は会社員として過ごしながら、自分自身の小さな起業の種を作る一方で、アルバイトという形での再就職先を58歳ないし60歳で探すことにしている。

起業については、うまく行くかどうかは、やってみないと分からないが、資本金500万円の規模で本格参入は定年後になると思っている。色々は本を読んでいても、3年で黒字にならなければ、その業種からは撤退することを考えている。

資本については、今後の国際経済の動向に頼るしかないと思っている。今、円高を進行中で、このお金が日本での企業の買収につながるのか、アジアの新興国に向くのかは分からない。何れにしても、そちらのトレンドに目を置きながら、基本的には中国株投資を中心に運用はすることになると思っている。

起業はうなくいくかどうか、検討もつかないのだが、基本的にそちらの方面については勉強は出来る余地のある学術的な領域なので、ビジネスとして失敗しても、何等かの形で教育情報の提供という形で、将来的にはレンタルサーバーを借りて、ホームページを立ち上げたいと思っている。

会社との業務の都合や著作権の問題もあるのだが、アメリカではすでに個人運用でそういった教育を対象としたホームページが立ち上がっているので、それの日本版を構築することを、先ず、考えている。独立はいずれにしても、早くて3年と4か月後、遅くとも5年と4か月後になるだろう。
posted by 経財師 at 09:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする