しばらくこのブログも更新していないので、一つ書評をあげておく。
といっても、僕の書評を場合は、その本の書評を言うよりも、その本を読んだ時の自分自身の心情を記しているので、それが果たして読書感想が言えるかどうかは問題だけれども。
おまけにこうしてブログにしていても、アクセス数は本当に少なくて、しかも、アフィリエイトの類かもしれないが、やたらエロまがいの書き込みがされて、憤慨してしまう。
定期的にばっさりと削除する様にしているが、コンピュータがやっているのか、性懲りもなくついてしまう。
さて、著者自身のメッセージ本である本書の冒頭の言葉を引用しておく。
学ぶ意欲とは、未来への希望と表裏一体だからだ。学ばない人間、向上心の持てない人間は、自分の明日を今日よりも良い日だと信じることが出来ない。
これは、まさに僕に向けられたメッセージでもある。
この本の中では学力低下、勉強することの意欲低下、社会の格差の問題などが語られているが、多くの他の著者の主張とも一貫するのだが、
学ぶという方法があるわけです。自分の狭い社会に閉じこもるか、あるいは人に選択を預けてしまうか。という二方向のどちらかに大きく揺れてしまうのではなくて、主に読書を通して精神の強さを養っていくのです。
「情報」ではなく、「人格」として書物を読む習慣を身に着ける。平凡なようですが、長い目で見た時、これが現状に対するもっとも根本的な解決法であると思います。
この本の中ではあるいは同著者の類書でも、人文科学系の読書が取り上げられているが、僕自身は理系についても勉強しなおしたい衝動に駆られている。
というのも、先日、本屋さんで高校数学の社会人向けの再入門を買って、読んでみた。内容自体は3か月ほど、毎日の様に通読して、例題を解いて行った。そうすると、他の科目がどうだろうかと思って、物理と化学の高校課程の内容を社会人への再入門用に書かれた本を読んでみた。
そこで、非常に感じたのは自分が大学の教養課程でならった、物理や化学、それに数学は何だったのだろかと、考えさせられた。
これは京都大学や東京大学の様に基本的な学習能力のそなわった学生の特権なのかもしれないが、そこには高校の課程の焼き直しでない内容が記載されており、少なからず、驚くと同時に大学の教養課程を含めて大学への再入門としての学習を続けていきたいと正直、思った。
実は私は現在も性懲りもなく、大学の受験参考書を取り寄せて、そればかりではないが、勉強を多方面の拡張させている。
1.専門領域の勉強(プライバシーの関係で具体的には書けない)
2.語学の勉強(ハングル、中国語)
3.大学の受験勉強(数学、物理、化学を現在勉強しており、ゆくゆくは生物、漢文、古文、世界史、日本史、倫理も射程に入っている)
4.全く手を付けていないのだが、大学の教養課程の科目の調査と勉強。今、考えているのは、数学及び統計学だが、分子生物学の分野も一応は抑えておきたいと思っている。
5.英語:英検1級、TOEICのスコアも意識するが、一番、大きな目標は英作文になるだろう。
ネット関連を本を読んでも、共通している項目としてメディアリテラシー、コンピュータリテラシーが要求される昨今、教育の問題がクローズアップされている。
どうした、勉強方法、目標を立てる力が必要なのか、自分自身、常に工夫する必要があるのでは

